洋菓子店の現場から

苺を仕入れるために、往復2時間以上かけています。

ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋が農家から直接仕入れている完熟苺

農家さんから直接仕入れている完熟苺。ショートケーキをはじめ、当店の苺のお菓子に使用しています。

ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋では、苺を仕入れるために車で往復2時間以上かけています。

「本物のお菓子で芦屋を代表する洋菓子店になる。」

私たちが目指していることです。

創業当初は、近くの市場から苺を仕入れていました。 注文をすれば、お店まで配達してくれます。 とても便利です。

しかし、今は市場からの苺の仕入れはゼロです。

「本物のお菓子」を目指す私たちにとって、市場から仕入れる苺では満足できなくなったからです。

「洋菓子店の現場から」は、ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋を営む中で、実際に起きていること、感じたこと、考えたことを綴るコラムです。

原材料や包装資材のこと、お菓子づくりのこと、働く人のこと、そして店を続けていく中での小さな工夫や迷い。

きれいにまとめすぎず、洋菓子店の現場で起きていることを、できるだけそのままお伝えします。

ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋の店舗外観
この記事を書いている人
ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋 経営者

2009年1月の創業以来、洋菓子店の経営に携わっています。
当店は食べログ「スイーツ百名店」に継続して選出されています。
このシリーズでは、長年店を営む中で実際に経験したことや、日々の判断、失敗、工夫などを、経営者の立場からお伝えしています。

なぜ市場の苺では満足できなかったのか

一般的には、洋菓子店は市場などを通じて苺を仕入れます。 配達していただけるので、とてもありがたい仕組みです。

ただ、私たちが実際に市場から苺を仕入れていた時には、どうしても満足できないことがありました。

農家さんが収穫した苺が、JAなどの出荷団体、卸売業者、仲卸などを経て店舗へ届くまでには時間がかかります。

苺は傷みやすい果物です。 流通の途中で傷んでしまえば商品になりません。 そのため、完熟する前の状態で収穫された苺が流通することがあります。

私たちが市場から仕入れていた苺では、糖度が十分にのっていない。 香りが弱い。 固い。 時には、まだ青さが残った状態で納品されることもありました。

「苺がマズい。」

「こんな苺じゃ、小さい子が食べたら苺嫌いになってしまう。」

シェフが、そう悩むこともありました。

市場の方に、

「もっと美味しい、状態の良い苺はないですか?」

と聞いても、

「うちは、入ってきたものを流しているだけだからね。」

という返事でした。

それでも何度も、 「でも、美味しい状態の良い苺が欲しいんです。」 とお願いしました。

そして、取引を切られました。
「マジか?」

その時はそう思いました。

でも、今振り返ると、市場に完熟苺を求めていた私たちの方が、無理なお願いをしていたのだと思います。

もう一つ不満だったのが、クリスマスの苺の価格でした

市場から仕入れていた頃、もう一つ大きな不満がありました。

クリスマス時期になると、苺の仕入れ価格が大きく上がることです。

洋菓子店では、ケーキの飾りに使いやすいM寸と呼ばれるサイズを多く使います。 クリスマスになると、大手企業をはじめ多くの洋菓子店から、このM寸に需要が集中します。

その結果、私たちの仕入れでは、

普段の3倍以上の価格になることもありました。
「おいしくなったわけでもないのに、高くしすぎでしょう?」

本当に不満でした。

でも、当時は他に仕入れる方法を知りません。 必要なので、買うしかありません。

市場側からすると、欲しいところはいくらでもある。 需要が集中する中で、高い価格でも買う洋菓子店がある。 そう考えれば、価格が上がること自体には理由があります。

それでも私たちとしては、納得しづらいものがありました。

「価格もそうだけど、本当に美味しい苺でクリスマスケーキも作りたい。」

シェフがよく、そう話していました。

完熟苺を使ったポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋のクリスマスケーキ

完熟苺を使ったクリスマスケーキ。クリスマスは特に多くの苺を必要とする時期です。

農家さんから直接買えばいい、とは簡単にいきませんでした

色々と調べていくと、完熟した苺を使うためには、農家さんから収穫したばかりの苺を直接仕入れる必要があることが分かりました。

そこで苺農家さんを調べ、 「完熟苺を仕入れさせてほしい。」 とお願いして回ることにしました。

でも、これが簡単ではありませんでした。

農家さんの立場からすると、洋菓子店1店舗のために苺を細かく用意することは、決して効率の良い仕事ではありません。

JAやスーパーなどへまとまった数量を出荷する方が、一度に多く売れます。 選別の手間も少なく、細かな注文対応も必要ありません。

一方、洋菓子店からは、

飾り用にはMサイズが欲しい。

完熟した苺だけが欲しい。

必要な日に必要な数量を用意して欲しい。

など、かなり細かなお願いをすることになります。

農家さんからすると、手間がかかる割に取引量はそれほど大きくありません。

実際、ある農家さんから言われました。

「おたくに売らんでも、うちは困らんからな。」

この時は、本当に悔しかったです。

その農家さんは、近くの道の駅へ毎日完熟苺を出荷していて、そこで十分に販売できていました。 わざわざ私たち1店舗のために細かな対応をする必要はありません。

農家さんの立場から考えると、合理的な判断だと思います。

でも、ものすごく悔しかったです。ホントに。

10軒を優に超える農家さんを回りました

それでも、あきらめませんでした。

10軒を優に超える苺農家さんを訪ねました。

ようやく取引していただける農家さんも見つかりました。

しかし、 「今日は販売できない。」 「昔から取引している洋菓子店に回すので、今日はそちらには出せない。」 と言われることもあり、仕入れが安定しませんでした。

「どうしよう。」

市場からは満足できる苺を仕入れられない。 農家さんから完熟苺を仕入れることができても、必要な日に安定して仕入れられない。

そんな状態が続いていました。

西村さんとの出会いは、最後は偶然でした

10軒を優に超える農家さんを探してきたのに、現在お世話になっている西村さんとの出会いは偶然でした。

ある日、車で走っていると、苺の直売を始めたばかりの農家さんの前を通りかかりました。

「あれ?こんなところに苺農家さんあったかな?」

そう思い、とりあえず直売所に寄りました。

その時に販売されていた5パックを、全部購入して帰りました。

そして、食べてみました。

「美味しい!」

間違いなく完熟した苺で、しかも品質がとても良い。

品種は「紅ほっぺ」です。 それまで別の農家さんからも同じ紅ほっぺを仕入れていました。

でも、同じ品種なのに全然違いました。

糖度がしっかりとのっている。 香りが高い。 果実もしっかりしていて、酸味と甘味のバランスがケーキにとてもよく合う。

「同じ品種でも、農家さんによってこんなに品質が違うんだ。」

驚きました。

西村さんから直接仕入れている完熟苺

西村さんから直接仕入れている完熟苺。熟度、香り、甘味と酸味のバランスを見ながらケーキに使用しています。

「ぜひ、この苺を使わせてほしい。」

そう思い、こちらから取引をお願いしました。

私が伺ったのは、直売を始めて2日目くらいだったと記憶しています。

それまで何度も通っていた道でした。 でも、その時だけ偶然目に留まりました。

日頃からずっと、 「美味しい完熟苺を仕入れたい。」 と思い続けていたからかもしれません。

必要だったのは、苺を売ってくれる農家さんだけではありませんでした

西村さんに、取引について相談に伺いました。

私たちは、 「本物のお菓子を作りたい。」 という考えを持っています。

そのため、農家さんにとっては少し面倒なお願いもしました。

完熟した苺を使いたい。

飾り用とサンド用でサイズを分けたい。

必要な時期に安定して仕入れたい。

色々とお話ししました。

すると西村さんご自身も、

「とにかく完熟の、本当に美味しい苺を届けたいんですよ。」

と、強い想いを話されました。

その考え方は、私たちの 「本物のお菓子を届けたい。」 という想いと一致しました。

ようやく、私たちの考え方にも共感していただける農家さんに出会えました。

そして、お取引が始まりました。

私たちが、西村さんにとって洋菓子店との取引第1号でした

私たちは、西村さんにとって洋菓子店との取引第1号です。

それ以来、今に至るまで毎年お世話になっています。

今、安定して完熟苺を仕入れることができることも、 お客様から「美味しい!」と言っていただけるショートケーキを作れることも、 西村さんの存在があってこそです。

西村さんによると、完熟苺の収穫は深夜2時、3時頃から始まります。 朝まで、寒く真っ暗なハウスの中で何時間も収穫を続けます。

苺の状態を考え、日が昇る前の時間帯から収穫してくださっています。

その収穫したばかりの苺を、私が車で往復2時間以上かけて受け取りに行きます。

そして、その日の完熟苺ショートケーキやホールケーキに使います。

西村さんの苺づくりは、それまで見てきたものとは違いました

これまで訪ねた農家さんでは、長年培った経験や感覚を軸に苺を育てている方が多くいました。

もちろん、長年の経験には大きな価値があります。

一方、西村さんは、そこにICTとデータを積極的に取り入れていました。

私は、こういう苺づくりをしている農家さんに出会ったのは初めてでした。

例えば、

二酸化炭素濃度

気温

湿度

水分量

こうした情報をPCで数値化し、管理しています。

さらに、必要に応じて二酸化炭素濃度を調整する。 換気が必要になれば大型の空気循環装置が動く。 ハウスの温度を下げる必要があれば、設備が自動で作動する。 肥料や水も必要量を調整して供給する。

人の勘や経験だけに頼るのではなく、データも使う。 そして、自動化できるところはできるだけ自動化する。

品質をできるだけ安定させるために、設備にも投資されています。

さらに毎年データが蓄積されることで、品質の高い苺を、より安定的かつ計画的に作るための精度も高まっていきます。

「なるほど。だから同じ品種でも、品質の高い苺を安定して作れるのか。」

とても感心したことを覚えています。

今では、とても人気のある直売所になりました

今ではハウスも広くなり、直売所もとても人気があります。

開店前からお客様が並び、販売が始まると次々に苺が売れていきます。

それでも、クリスマスなど私たちが大量の苺を必要とする時期には、当店のことを考え、必要な苺を確保していただいています。

西村さんがいなければ、私たちが必要とする完熟苺を使ったクリスマスケーキを、今の形で販売することは難しいと思います。

本当にありがたいことです。

往復2時間以上かけて、完熟苺を取りに行きます

西村さんが深夜から収穫してくださった完熟苺を仕入れるために、私は往復2時間以上かけて受け取りに行きます。

市場から仕入れれば、配達してくれます。

農家さんから直接仕入れる場合は、自分たちで受け取りに行かなければなりません。

洋菓子店にとって、決して効率の良い仕入れ方ではありません。

それでも、本当に美味しい苺を使いたい。

本物のお菓子を作るためには、良い材料が欠かせません。

こういう手間や労力を惜しまず、素材からお菓子づくりを考えていく。 それが私たちにとって大切なことだと思っています。

お客様や、お子さんがショートケーキを食べて、 「美味しい。」 と喜んでくださる。

「ああ、やって良かったな。」

その声を聞くたびに、そう思います。

完熟苺を使ったポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋のショートケーキ

西村さんの完熟苺を使ったショートケーキ。苺の香り、甘味、酸味はケーキ全体の味を大きく左右します。

昨年、西村さんの苺でショートケーキを作って届けました

昨年、西村さんから仕入れた完熟苺を使って、ホールのショートケーキを作りました。

そして、そのケーキを西村さんのところへ届けました。

伝えたかったのは、

「西村さんの完熟苺のおかげで、こんなに素晴らしいケーキを作ることができる。」

ということです。

この日は、朝に苺を受け取りに行き、店へ戻ってケーキを作り、また西村さんのところへ届けました。

つまり、その日は2往復です。

でも、本当に喜んでいただけたようで、私たちもとても嬉しかったです。

完熟苺を使った苺のタルト

完熟苺はショートケーキだけでなく、季節のタルトなどにも使用しています。

私たちだけで、良いケーキを作っているわけではありません

お菓子づくりには、良い材料とパティシエの知識、技術の両方が必要です。

西村さんが、高品質な完熟苺を作る。
↓
その苺を、私たちがケーキにする。
↓
お客様に感動していただける商品になる。

こうして初めて、私たちが目指している「本物のお菓子」をお届けすることにつながります。

「本物のお菓子で芦屋を代表する洋菓子店になる。」

このことを突き詰めていく中で、私たちは色々な取り組みをしています。

その中でも、本当に大きな一つが、この完熟苺です。

これからも、一つひとつ大切に、お菓子づくりに向き合っていきたいと思っています。

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