洋菓子店の現場から

洋菓子店なのに、商品数を減らしました。

「洋菓子店の現場から」は、ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋を営む中で、実際に起きていること、感じたこと、考えたことを綴るコラムです。

原材料や包装資材のこと、お菓子づくりのこと、働く人のこと、そして店を続けていく中での小さな工夫や迷い。

きれいにまとめすぎず、洋菓子店の現場で起きていることを、できるだけそのままお伝えします。

この記事を書いている人
ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋 経営者

2009年1月の創業以来、洋菓子店の経営に携わっています。
当店は食べログ「スイーツ百名店」に継続して選出されています。
このシリーズでは、長年店を営む中で実際に経験したことや、日々の判断、失敗、工夫などを、経営者の立場からお伝えしています。

商品がたくさんある方が、良いお店に見えると思います

洋菓子店を経営していると、いろいろと悩むことがあります。

その中でも、よく考えることの一つが「商品数」です。

「いろいろな商品があった方が、お客様は選ぶ楽しみがあって良いかな?」

一方で、

「でも、商品数を増やしすぎると、今度はロスが増えないかな?」

とも考えます。

一般的には、商品数が多い方が、お客様からすると、

「うわー、すごい。たくさんある!」

となって、選ぶ楽しさにつながると思います。

実際、私たちも以前は、今よりたくさんの商品を作っていました。

フリアンは、以前5種類ありました

ポッシュ・ドゥ・レーヴ芦屋には、「フリアン」という焼菓子があります。

フィナンシエと同じ、卵白とアーモンドを使ったお菓子で、小さなオーバル型のものを2個入れた商品です。

現在は、バニラ、メープル、カカオの3種類です。

でも、以前はここに抹茶、ガトーピスタチオが加わり、全部で5種類ありました。

サブレも今より種類が多く、ガレットやショコラヌガティーヌなど、現在は販売していない商品を数種類作っていました。

ある時、私はフリアンを5種類から3種類に減らそうと考えました。

現在販売しているフリアン3種類

現在販売しているフリアン3種類。以前は抹茶、ガトーピスタチオを加えた5種類を製造していました。

「抹茶フリアンを気に入っているお客様がいるのに」

「フリアン、2種類減らして3種類にしようと思うんだよね。」

そう話すと、シェフをはじめ、製造に関わるスタッフから反対の声が出ました。

「えっ?なんで?」

「抹茶フリアンを気に入っているお客様がいるのに。」

「やめない方が良いでしょ。」

想像していた以上に、反対されました。

その意見は、もちろん分かります。

実際、抹茶フリアンは全く売れていない商品ではありませんでした。

むしろ当時としては、それなりに販売数のある商品でした。

年間1000個売れる商品に、袋は5000枚必要でした

抹茶フリアンは、年間で約1000袋ほど売れていました。

当時の売価は210円。

年間売上にすると、約21万円です。

1000袋売れている商品を、なぜやめるのか。

そこには、商品そのもの以外の事情がありました。

当時使用していた抹茶フリアン専用の遮光フィルム袋

当時使用していた抹茶フリアン専用のオリジナル袋。抹茶の退色を防ぐため、光を通しにくい特殊なフィルムで製造していました。

写真は、実際に当時使っていた抹茶フリアンの袋です。

当店では、商品を入れる袋もオリジナルデザインで作っています。

ただ、オリジナルの袋は100枚、200枚という単位では作れません。

最低でも3000枚程度、通常は5000枚ほどの製造ロットが必要になります。

さらに、抹茶フリアンには別の問題がありました。

抹茶は光に弱く、光に当たることで退色しやすい素材です。

そのため、通常の透明なフィルムではなく、光を通しにくい特殊なフィルムを使う必要がありました。

当然、通常のフィルムよりも価格は高くなります。

しかも袋には「抹茶」と商品名まで印刷しているので、他の商品へ使い回すこともできません。

さらに、デザイン費、袋を作るための型代、デザインの版代、5000枚分の袋代が必要になります。

デザイン費 約5万円

型代 約7万円

版代 約3万円

袋代 5000枚で約20万円

合計 約35万円

消費税を含めると、40万円近い金額になります。

年間売上が約21万円の商品に対して、最初に40万円近い包材を用意する必要がある。

しかも、年間1000袋の販売数です。

5000枚の袋を使い切るには、単純計算で約5年かかります。

もちろん、これとは別に原材料費、人件費、水道光熱費、在庫を保管する費用などもかかります。

抹茶についても、品質の高いものを使っていましたから、原材料そのものも決して安くはありませんでした。

それでも、やめる判断は簡単ではありませんでした

数字だけを見れば、

「そりゃ厳しい。」

となります。

でも、商品は数字だけで判断できるものでもありません。

一つの商品を作るにも、何度も試作をして、味や形を決めていきます。

作り手にも、その商品への思いがあります。

実際に気に入って買ってくださっているお客様もいます。

私自身も、抹茶フリアンは好きでした。

抹茶の香りがしっかりとして、ほろ苦さがあり、味わい深い。

良い商品だと思っていました。

だから、やめる判断が簡単だったわけではありません。

最後は、私の判断でやめました

それでも最後は、私の判断でやめました。

フリアンは5種類から3種類へ。

サブレも数種類減らしました。

製造する側からすると、

「せっかくある商品なのに。」

「お客様もいるのに。」

という気持ちがあるのは当然です。

一方で、店全体で考えた時に、商品数を絞った方が良いのではないか。

私はそう考えていました。

商品を減らしても、売上は変わりませんでした

「年間1000袋売れている商品をやめたら、売上が落ちるのでは?」

シェフたちは、その点も心配していました。

私はその都度、

「そんなことはない。大丈夫。」

と答えていました。

なぜなら、商品数を減らすことで、残った商品の販売数が増えると考えていたからです。

実際、その後、フリアン全体の売上は大きく変わりませんでした。

5種類あった時の販売が、3種類に集約されていきました。

すると、1種類あたりの販売数が増えます。

商品を減らしたら、焼く回数が増えました

1種類あたりの販売数が増えると、仕込みと焼成を繰り返す頻度も増えます。

すると、

「いつもつくりたて」

に近い状態を作りやすくなります。

商品数を減らしたのに、焼く回数は増えました。

これは、実際にやってみて大きかったことの一つです。

焼き上がったカカオフリアン

商品数を絞ったことで、1種類あたりの販売数が増え、仕込みや焼成の頻度も高まりました。

さらに、作る側にとってもメリットがあります。

同じ商品をより高い頻度で仕込み、焼成することで、熟練度が上がっていきます。

毎回違う商品を少量ずつ作るより、同じ商品を繰り返し作る方が、作業も安定します。

結果として、品質も安定しやすくなります。

より作りたてのお菓子を届けられるようになりました

現在も、フリアンは焼成してから比較的短い期間で販売されています。

当店では、焼菓子の賞味期限を製造から最長14日間としています。

一般的な焼菓子では1か月から数か月の賞味期限が設定されることもありますが、私たちはできるだけ短い期間で商品を回転させています。

焼成直後のカカオフリアン

焼成直後のカカオフリアン。商品回転を速くすることで、より新しい状態のお菓子を店頭に並べやすくなりました。

商品数を絞ることで、こんな流れが作りやすくなりました。

より頻繁に作る

商品回転が速くなる

より新しい状態でお客様に届けられる

そして、ついでに。

抹茶フリアン専用の袋を持つ必要もなくなりました。

仕入れる原材料の種類も減りました。

管理もシンプルになりました。

パティシエの熟練度も上がります。

結果として、店全体の負担を減らしながら、お客様により良い状態のお菓子を届けやすくなった。

私は、そこに一番大きな意味があったと思っています。

選択肢を増やすことだけが、お客様のためではないのかもしれません

商品数が多いことには、もちろん良さがあります。

たくさんの中から選ぶ楽しさもあります。

商品数が多い店には、多い店の良さがあります。

ただ、小さな洋菓子店では、

たくさんの種類を少しずつ作るより、商品を絞って、一つひとつをより良い状態で提供する。

そんな考え方もあるのではないかと思っています。

抹茶フリアンが好きだったお客様には、残念な思いをさせてしまったと思います。

ただ、抹茶のお菓子そのものがなくなったわけではありません。

現在は、グルテンフリーのフィナンシエシリーズの中で、抹茶を使った「モンクール・テヴェール」という商品を、不定期ですが店頭で販売しています。

形は変わりましたが、抹茶フリアンが好きだった方にも楽しんでいただける商品になっていると思います。

今も、商品数は増やしすぎないようにしています

作り手であるパティシエからすると、

「あれも作りたい。」

「これも作りたい。」

となりがちです。

それ自体は、とても自然なことだと思います。

新しいものを作りたいという気持ちがあるからこそ、お菓子も進化します。

でも、

パティシエが作りたいものと、お客様が必要としているものは、必ずしも同じではありません。

そこをどう考えるか。

作り手の思いも大切にしながら、お客様にとって良い商品を残し、店全体として無理なく続けられる形にしていく。

それが、経営する側の役割だと思っています。

商品を増やすことも、減らすことも、それ自体が目的ではありません。

最後に考えるのは、

「お客様にとって良いことか?」

そして、

「心ある本物のお菓子といえるか?」

今も、この軸に沿って商品を見ています。

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